SAKURAnoTUBOMIの日記

鬱病を経て、息子との不登校生活も経て、日々感じ、学び、感謝。 

親ってそういうもんでしょ(^-^)

今週のお題「応援」

ということで、誰を応援するかと聞かれれば、やはり一番は息子かな~と思う(^-^)

共に闘ってきたし、これから先も長い闘いが待ってる。どんな困難にも立ち向かえるよう、力をつけて自信を持ってほしい。

人生の壁はどんどん高くなっていくかもしれないけど、乗り越えられない壁はない!…ってどこかで聞いたことあるね(^-^;)

でもそれは本当だと思う。

それを本人が一番体験したことじゃないかな。

(前回の記事と若干かぶってしまうけど、不登校の話になります💦)

不登校という周りと違うことをして、どうせそこから戻れないだろうと周りが言っていても、しっかり戻ってきた!

まぁ、息子の場合はいじめとかではなく私が原因だったのは明らかで、私が向き合うことが必要と思ったから不登校にさせてもらっただけ。いじめが原因の子は、学校という場、社会という場が恐くなるわけで、その心の傷を癒すのはもっと難しいのかもしれない。

鬱病パニック障害を持っていた私を見てきた息子のケアはそれからしたら簡単かな(^-^)

親を頼る、親に甘える、これができなかった幼少期。

私にカッコイイ言葉を囁いてきたあの頃(過去の記事にあるかな)、すでに私を気遣っていることに気づかず、ただ可愛いと思ってしまっていたが故に、見逃していた息子のサイン。

私に多くのことを教えてくれた小3の終わりからの不登校生活。

初めて私が「母親」になれた。

それに応えるように赤ちゃんになる息子。

赤ちゃんの時にして欲しかった全てを私にぶつけて来てくれた。家事をする時も、片時も離れずおんぶしたり抱っこしたり。

私も自然に息子のことしか考えなくなった。息子の求めた「お母さん」という存在はこんなに大きかったのかと実感。息子のことを必死に考え、見つめていると、自分のことは後回ししても全く苦じゃなかった。それまで私がどれ程までに自分を優先していたかを見せつけられた気がした。

これが「お母さん」(*´ω`*)

なんか私まで失ってた自信を取り戻せた。

理解のなかった主人とも息子のことで揉めた。お互いにたくさんぶつけ合った。

すると、主人も理解がないようで、実は違った角度から息子を想っていることがわかった。父親と母親の感覚は違う。だけど、息子を想う気持ちの強さは同じと気づいた。

お互いの気持ちをぶつけた結果、夫婦の絆も深まった。お互いを思いやれるようになった。

不登校生活を通して息子が教えてくれたことはとても大きい。仲良いと思っていた家族関係には実は穴がたくさんあったことを知り、息子のおかげでそれを直すことができた。

 

そんな救世主である息子のこれから歩む人生を、時には最前列で、時には木の陰からこっそり、応援し続けたい。

大きな活躍はしなくてもいい。

ただ元気に生き抜いてくれることをひたすら願う(´▽`)

思い出に浸ってつい長文になりました💦

息子が中学に入学して以来、初めて2週連続で休まず登校した(´▽`)🎵

+土曜の部活も(^-^)

 

すごいことだ!

この2週間、1日も「行きたくない」とごねたりせず、笑顔で登校した!

 

もしかしたら、主人が今日まで11連休で送り迎えしてもらえる安心感があったからかもしれない。なんてったって山に向かってずっと続く坂道を自転車で30分近く上らなくてはならないのだから、車で送り迎えしてもらえる方が気楽だよね~(^-^;)

学校に行くのが億劫になる理由の1つとしてそれがある。

もともとガリガリだった息子は、不登校でぷくぷくと肉付きよくなっていき、体力にも自信がなくなっていた。それが自転車で登校してる内に体は細く引き締まり、体力も脚力もついた。

今は昔のように不健康にガリガリというわけでもなく、中学生らしい細くガッチリした感じ。

父親に似て背も高く、足が長い。あぁ、羨ましい~(>_<)母はこんなにちっちゃいのに。

 

いやいやそれよりも、息子の快進撃はどこまで続くのか、私も主人もそっと見守るしかない。

 

(*・ω・人・ω・*)そっ。

 

この「出来た!」や「やった」が息子に少しずつ自信を与えてくれるに違いない。どんな些細なことでもいい。「出来た!」「やった」という経験が今の息子には必要なんだ(^-^)

 

「うちの子を不登校にさせて下さい」と先生に申し出たあの日をしみじみと思い出す。呆気にとられた先生の顔が忘れられないw

息子の心をケアするために「頑張って登校する」という常識を破ることを決意した瞬間、何も恐くなくなった。

気づいてしまったから。いかに自分が世間の常識に振り回されているのかということ。誰が決めたかわからないような基準に合わせることに必死で、幼かった息子の心に寄り添えていなかった。

今でも悩むとき、ふと考える。

これはただの常識ではないのか?ただの常識っていうだけなら、そんなもの破ってしまおう。普通が〇だと言うなら、❌にしてみたらどうかな?

そんな風に見方を変えてみると、常識に反した方が見えてくるものがあったりする。

学校に行くという常識を捨て、自分の都合を考えることを捨て、タイムリミットを捨てた。

 

ゲームは良くないという概念も覆す。確かにボーッとやるのは良くないと思う。だから、息子の時はコミュニケーションのツールとして、親子でゲームして過ごした(^-^)

子供の方が習得するのが速いから、ゲームのやり方を教わるようにして一緒に楽しんだ。息子はその内にパソコン版でやりたいと言い出し、パソコンにも入れてみた。パソコンは1人でしか出来ないけど、横にいて一緒に話しながら過ごした。

すると今度はオンラインでできる方法を自分で調べてやり始めた。それも隣で見る。知らない人達の中に入ってくのは親としては不安だったけど、そばで見守る。

ボイスでのコミュニケーションではなく、チャットで会話していた。そのほとんどが外国人。

「Hi」と話し掛けられ、息子は「Hi」と返す。

相手は何やら英語で話し掛けてくる。私も辞書を片手に手伝って解読するけど、どうやらゲーム内の何かを教えてくれてるらしい。そこで息子が最初にするのは、

「I'm Japanese.」

日本人だと言えば、英語がそんなに出来ないかもしれないと遠回しに伝わる。それを見て、相手は今度は簡単な単語で打ってくれたり、翻訳ソフトを使って日本語に変換してくれたりと、工夫して会話をしてくれた。

息子もゲーム内で覚えた英語を駆使して、何とか伝えようとする。

パソコンと英語の両方をどんどん好きになり、習得していく息子の成長はすごかった。

後に不登校から、母同伴で登校するようになり、学校でパソコンと英語に関して周りから賞賛され、自信を持てるようになった。

ゲームは良くないというけれど、使い方次第では良くなることを実感。

 

不登校中だから外出しちゃいけないような雰囲気ってない?

主人がまだ不登校に理解がなかった頃、息子に言った。

「皆は学校で勉強しているんだから、家にいる間は勉強しなさい」

だとか、平日に水族館とかに行こうと提案すると、

「皆が学校に行ってるのに、遊びになんて行けないよ」

という反応(-ω-;)

そういう世間の目を気にする親の元では息子が可哀想だと思ったけど、近所に30代の引きこもりになった息子の存在をひたすらに隠す夫婦がいたし、学校で保健室登校の子達の親も皆同じようだったから、主人の反応は一般的な反応なのかもしれないと思った。

だからこそその常識も破りましょ。逆に不登校の特権と思い、平日に堂々と観光に連れて行った。お店の人や周りのお客さんに「学校がお休みなのかな?」とコソコソ言われても気にせず、息子にも堂々としなさいと言ってきた。

そのためにまずは私自身が堂々としなくては!と思い心掛けたのは、誰にでもオープンに話すこと。近所の人と話すときも、何かの集会に参加した時も、時には道端で会って話し掛けられた時も、「息子が今不登校なんです」と笑顔で話す。

相手に気を遣わせないくらいオープンにしちゃうことで、変な噂も立たないし、皆さん結構助けてくれる(^-^)

不登校中も「うちの子が遊びたがってるんだけど学校の帰りに行ってもいい?」と嬉しい連絡が来ることもあった。

クラスの子達も普通に会えることを喜んでくれるし、からかわれるどころか、逆に何故か人気者になっていた。皆で息子を助けてくれるから、私はその光景をそばで見ていていつも涙が溢れてた。 。+゚(*ノ∀`)

 

思い出したらキリがないか…。

今回は息子のここまでの道のりを振り返る良い日だった。こうやって一瞬、一秒、一日と向き合っていけば、いつかもっと先まで思い描けるようになる。

不安になったら、自分がダメだと感じたら、あの泣いてばかりだったスタートをまた思い出してみたら、きっと自分の頑張りが見えてくる。

ここまで来たんだから、もっと先に進める、そう思えるようになる。

 

これは息子に言いつつも、私自身に言い聞かせてることだけど(^-^;)

あの不登校の始まりが、息子にとっても私にとっても、家族にとってもスタートだった。

今だから、やって良かったと思える。

今だから、頑張ったねって言える。

今だから、偉そうにブログに書ける。

あの頃は息子と向き合うので精一杯。正解がわからない恐怖と、置いていかれるような焦り。

誤解されたくないのは、学校に行けて喜んでるけど、常識の枠に戻れたから嬉しいのではなくて、息子が自分で選び、チャレンジしていることが嬉しいということ。

どっちでもいいんだけど、ちょっとそこはこだわりたい。

学校に行くから偉いんじゃなくて、苦痛だったことに立ち向かうことが偉い。学校へ行かなくても、何かと闘っているならそれは素晴らしいこと!学校へ行くことが最終目標ではなくて、もっと先のこと。

どんな困難にぶつかっても、立ち向かえるかどうか。

その第一歩として、息子にとっては大好きな友達のいる学校に向かわなくちゃならなかった。克服しなくちゃならなかった。

だから、誤解なきようお願いしたい(^-^;)

 

不登校で悩む方がいたら伝えたいのは、「学校へ行くこと」を目標にしない方がいいということ。たまたま学校が目の前にあるだけ。親がそれを願っても子供には愛として伝わらない。

本気で子供を想うなら、子供が1人になっても生きていけるようにするにはどうしたら良いかよく考えること。学校なんて行けなくても道はいくらでもある。

でも息子にも言い続けたのは、違う道は普通よりも険しく苦しいということ。

大事なのは自分の逃げたい気持ちと闘うこと。不登校始まりの「行きたくない」というのは、「逃げ」とは違う。「行きたくない」という意思表示は勇気の要ることで、闘ってる証拠。

今、息子も様々なことに対して「面倒くさい」と言うようになってきた。この「面倒くさい」というのは余裕が出てきた証拠と我が家では言ってる(^-^)これが出てきたら、踏ん張りどこだぞ!と息子に忠告。

実際に息子がズルをしてサボった時、私は怒った!大したことではなかったけど、その逃げ方はダメだと。

やって出来ないのはいい。やるのを忘れてしまうのもまだ仕方ない。でも、ズルするのは違う!

あの不登校中は出来ないことは多かったけど、ズルしたりはしなかった。ゲームしかできない時期もあったけど、(変な言い方だけど)ゲームに対しては本気で真剣に向き合ってた。

ズルをすることを自分に許していたら、大人になってもそういう逃げ方をするようになる。母としては息子にそうなって欲しくない。辛くてもそれだけはダメ!

だからこそ、「面倒くさい」の壁にどう立ち向かうかが大事だと思う。

今こそ踏ん張りどこ(>_<)

 

まぁ、今回連続登校できたのは、もしかしたらあの説教がきいたのかもしれないなぁ~、なんちゃってヾ(≧∇≦)

 

 

ガッカリしたから

少し愚痴ります。読まないでほしいけど吐き出したいので書く、けど、やっぱり読まないで。

 

 

人って不思議。

あの人のこういう所が嫌だ!と話してた彼女が、まさにその行動をとったもんだから、私は目が点になってしまった(・_・)

普段、相当不満が溜まってたのかな。

抑圧されてたのかな。

今日は相手が私だから、いつも言えないワガママを言いたかった?嫌なものは全部私に押しつけて、何だかご機嫌な様子。

いつもと変わらない優しい笑顔と口調だけど、いつもみたいに「どうする?」と聞いてくれずに、自分の好きな方をさっさと選ぶ彼女。

私は彼女が普段から嫌だ嫌だって言ってたから、今日、もし「どうする?」って聞かれたら、彼女が喜ぶ方を「どうぞ」と譲ろうと思ってた。私も本当はそっちがいいけど、私はまだ我慢できるから大丈夫。

だけど、来てみたら、彼女がどんどん決めちゃう。私の気持ちは聞く耳持たず。私は言われたことをやるだけ。

気づけば、彼女は今日一日、あの嫌がっていた作業はほとんどしなくて済んだわけで、めでたしめでたしなんだね。

今日ばかりは、彼女の「疲れたね~」の一言は私の心を曇らせた。

 

いいんだよ、いいんだけど…。

 

なんか、腑に落ちない。気分が良くない。

都合のいいように利用されたような気分。1番信用してた人に裏切られた気分。

 

もしかしたら全く意図的ではなかったかもしれない。もしかしたら良かれと思ってそうしたのかもしれない。

でも、普段から不満を聞かされて、それが彼女にとって嫌なことなんだって知ってたから、余計に疑ってしまう。

人を疑うのって苦しくて辛い。それが大好きな相手なら尚更(-ω-;)

 

「どうぞ」と言って譲りたかった。敢えて大変な方を自分の意志で選ぶなら、今日は達成感のある満足な一日になっただろう。一方的に大変な方を託されたのでは、全く良い気がしない。不愉快でしかない。

 

それを気にしない程、おおらかで優しい私ではないよ?

 

一日苦しかった。笑顔でいるのも辛かった。仕事が辛いんじゃなくて、お互いに思いやりを持って接しているものだと信じてたから。自分が嫌なことは他人にさせればいいの?自分が楽ならいいの?

 

モヤモヤした気持ちが拭えない。

私も彼女を許してあげられないなんて、心が小さくなってるね。

 

自分は同じことをしないよう、嫌なことにも立ち向かおうと心に決めた!貧乏くじばかり引かされてるように感じていても、いつかそれが良いことになって戻ってくると信じよう。

 

いいじゃないか、彼女は元気に過ごせたんだから。私が文句言わずにやったから彼女も終始笑顔でいられたんじゃないか(^-^;)自分のいた意味はあったよ~。私が思うほど大切に思われていないかもしれないけど、そう感じるのは私が期待しすぎてただけ。

 

大丈夫、大丈夫。

 

得意の自己犠牲精神を貫こう!

高校生の時の勉強

今週のお題「私の勉強法」
高校生の時、クラスの半数が授業中に化粧をしたり、騒いだりしてるような学校だったから、地味で大人しい私は、先生からしたら優等生に見えていたかもしれない。
授業中、周りがガヤガヤうるさい中でも、先生の声に耳を傾けて授業に集中していたし、テストはそれなりに頑張って取り組んだ。
そんな様子から褒められることもあったけど、でもそれはその場しのぎの勉強だったから、後に役に立つわけじゃないし、そんな良いものじゃない(^-^;)今では覚えていないことばかり。

ただ学んだことは、どんな状況でも自分のペースを崩さず集中して取り組むことで自分を保つことができるということ。

当時のその場しのぎのテスト勉強で、暗記するものはひたすら殴り書き状態。大量の裏紙にキーワードと内容などを書き出していく。手元はあまり見ないから、後で見てみると字が重なってゴチャゴチャ。それでも手を動かして書いたものは頭の中に残った。
テストの時に問題を見ると、「これは紙の右端に書いたな」と思い出すほどに記憶される。

ある時、先生が「歴代の内閣総理大臣の名前と内容を全部問題に出す」と宣言した。
ただ殴り書きで覚えられるか悩んでいたら、姉が覚え方を一緒に考えてくれた。姉は面白く、程よく抜けた天然キャラ。そんな姉が考えた覚え方が、歌だった(´▽`)
総理大臣の名前自体はフルネームを書いて覚えるしかないけど、内容と順番は元素記号を覚える時の歌(文?)みたいに覚えちゃおうということで、面白おかしく歌詞を作ってくれた(^-^)
大人になって、すっかり忘れてしまったけど、その時はしっかり覚えて、リズムまでつけて何度も繰り返した。ラップのような感じだったかな(^-^)
テスト本番、問題用紙には長い文章があり、人名と政治の内容が空欄になっていて、選択ではなく書き込むようになっていた。
幸い、総理大臣は順番通りになっていた。頭の中で歌う。笑わないようにそっと唱える。
すると、スラスラと書けてしまった。あっさりと解けて自分でも驚いた!社会科は大の苦手だったから、初めてこんなにわかったというのが気持ち良かった。
結果、その問題は全問正解(๑´ڡ`๑)先生に驚かれた。まさかあんなおかしな歌で覚えたなんて思わないだろうね~。
今覚えてるのは、歌の中で鳩山由紀夫さんのことを「~鳩ぽっぽ🎵」と歌っていたということだけ(笑)

ほらね、その場しのぎだから、テスト終わったらスッと抜けてしまう(^-^;)

そんな私だけど、これはやって良かったと思うのは、授業中の先生の余談を全てノートの余白にメモすること。
勉強法とは違うかもしれないけど、例えば歴史の授業で教科書に書いてないような時代背景などを、サラリと説明するときがある。その情報をメモすることで、情景が浮かび、映画を観たような、その場にいたかのような臨場感を残すことができる。
他の科目でも必ず先生の余談がポロッと出るときがあって、授業と関係ない話になる時もある。関係ないことでも、横にちょこっとメモを残すことで、その日の授業の光景が記憶として刻まれる。
日記と同じかもしれない。そのメモを見るとその時の先生の表情やクラスの様子まで思い出せる。勉強の内容も同じように思い出せる。
そして何よりも勉強で大切なことは、興味を持つことじゃないかなと思う(^-^)
興味を持てば何でもできるから。どこまでも追求できるし、吸収できる。なかなか興味を持てないものもあるけど、関わっていけば興味を持てるようになる気がする。

仕事でもやはり新しいことばかりで勉強の毎日。どんな時もメモが大切。重要かどうか考える前に、取り敢えずメモしておけば、忘れることはないから安心。

勉強も仕事も、とにかく楽しもう!楽しんだ者勝ち!






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成長は喜び、それと…

息子の中で何かが変わり始めた。

はじまりは、冬休み明けの最初の登校日。

いつも通りのっそりと起きてきた息子。いつものように右側に寝癖がついている。こたつに入ってすぐゴロゴロ。朝ご飯はいつも食べない。緊張からか、食べると吐いたり腹痛が起きるので、いつの間にか食べない習慣になってしまった。こうして準備する時間までゴロゴロしてる。

準備する時間になり、またまたのっそりと起きて準備し始めた。洗面所に向かってから、なかなか戻ってこない。

あれ?と思い、洗面所の方を見ると、何やらずっと鏡とにらめっこ。何してるのかと思ったら、寝癖を直そうとしていた。

いつもは寝癖直したら?と言っても「いいよ、面倒くさい」とそのまま登校していたけど、何だか様子がおかしい。明らかに必死な様子だった。

少しすると、「手伝ってーっ」と声をかけてきた。

髪を濡らしてタオルで押さえてその上からドライヤーで温める。しばらくやってると何とか目立たなくなった。

息子は満足げに笑顔で登校。

見送った後、少しの間私は、洗面所で鏡とにらめっこしてる息子を思い出してニヤニヤが止まらなくなっていた。

息子が成長した!嬉しかった!(´▽`)

それから毎日のように寝癖を直す息子。その内に簡単に直す方法をあみ出したようだ(^-^)髪を濡らしたらメッシュの帽子を被り、ドライヤーで少し温めてからそのまま過ごす。出発するときに帽子を外すという方法。

これがキレイに直るから面白い(^-^)

 

なぜ急に直すようになったのか聞いた。

クラスに毎日ものすごい寝癖で来る子がいて、その子の寝癖が度々いじられてるのを見るから何となく…ということだった。その寝癖がすごい子は小さい時からそんな感じで、クラスの人気者。(決していじめられてるとかではない。クラスはとても仲良し。)

以前から見てた光景だけど、思春期に入って、急に、明日は我が身かと心に響いてきたのかな。

あまり目立ちたくない性格だから、話題にされそうで嫌だったのかもしれない。

普段から、少しは清潔感のあるようにと言っていたけど、ボサッとしててもお構いなし、お風呂も嫌がって2日間連続で入らなかったり(◎-◎;)💦💦ウヒャー

体かゆくならない?健康の為にも清潔でいて欲しい。

その内、クラスの女の子達から「だらしな~い」とか「臭~い」って言われちゃうぞ~と思っていたら、この変化(*・ω・人・ω・*)

まだお風呂は面倒くさいみたいだけど(-ω-;)

 

人目を気にしすぎるのは良くないけど、気にしなさすぎるのも困っちゃうから、寝癖を気にし始めたのはなかなか素敵な変化だ!

 

もしかして好きな子でも出来たのかな?

なんてチラッと思ったけど、いやいや、それならお風呂もきっとしっかり入るだろうし( ´艸`)

何はともあれ短い冬休みの間にも変化していたんだね。

何だか嬉しいけど、ちょっと寂しい。

大人に一歩一歩確実に近づいていると思うと、嬉しくて寂しい。

ついこの間まで「ママ、ママ」ってこちらばかり見つめてた子供の目が、親ではなく別の誰かだったり物事を一生懸命見つめるようになるんだと感じれば感じるほど、嬉しさと寂しさの複雑な感情が湧いてくる。

あのオムツを替えて抱っこして何でもしてあげなくちゃいけなかったあの頃はどこへ行ってしまった?大変大変って言ってたあの頃は、こんな気持ちになるなんて想像もできなかった。

子供がひとり立ちの準備を始めたんだと感じることが、こんなにも切ないなんて。

 

寝癖と必死に闘う息子がこんなにも頼もしく思えるなんて。

いや、なんとも可愛い光景だけど(笑)

 

寝癖直したくらいで大袈裟だと思われるかもしれないけど、書きたかった(๑´ڡ`๑)

ようやく自分の力で立ち上がったから、息子のそんな些細な変化が、私は心から嬉しくて仕方ない。今は1㎜でも成長を見逃したくない。

健康診断結果


f:id:SAKURAnoTUBOMI:20200120061822j:image
12月に行われた会社の健康診断の結果が来た!

タイムカードを押しに行ったら、ポン!と置いてあった。

昨日はお昼休憩も入れないまま午後に突入してしまい、中途半端な時間。パートは通常15時か、15時半までだけど、もう14時。今更お昼とっても……といった感じで、中の仕事に加わる。日曜だというのに社員さん2人で回していたから、中も大変な様子。ドタバタしているから、休憩に入る暇もなし。

社員さんは私を休憩に回そうとしてくれたけど、もう終了時間が近いからいいですよと話し、レジに立つことにした。社員さんの休憩を優先してもらって、それが終わったら、休憩がない分早めに帰ることになった。

お腹は空いたけど、30分早く帰れるのは嬉しい🎵あの診断結果も忘れずに持ち帰る。

 

帰宅して早速封を切った。

結果は……?

(;・д・)え!

 

D2判定。「要精密検査」

 

(◎-◎;)どーゆーこと?元気ですけど?

 

一気に鼓動が速くなった。どこが悪かったのか急いで見る。

ああ~(´`:)あれか……。

 

実は健康診断の日の数週間前からむせるような咳をずーっとしていて、痰が止まらなかった。

原因は、たぶん、社長の倉庫のカビだらけの絵画のカビ取りをさせられたこと。その時に大量のカビを吸い込み、それから咳と痰が毎日出た。

健康診断の日もむせていて、肺の雑音もあり、子供の時に喘息もあったことから、先生が「一度検査した方がいいかもね」と言っていた(^-^;)

それだったか~(´`:)もう今は何ともないけれど、やっぱり受けないとダメだよね(^-^;)

今、健康診断受けたら、健康そのものだと思う。仕方ない、検査受けよう。

 

今までA判定しかなかったから、いきなりD2だなんて怖すぎる(-ω-;)心臓に良くない。

 

健康第一。皆さんもくれぐれも社長のカビだらけの絵画に近づくなかれ!

そんな機会ないなんて羨ましいw

 

今日も元気にお仕事お仕事!

荒れた日

実は先週、精神的にどん底だった(-ω-;)

 

昔、鬱病だったことがあったけど、治ったからといって、全く何も起きなくなるわけではない。考え方や環境が変わらなければ、またなることもある。

鬱病のピークから抜け出せた後も、しばらくは無気力になったり、元気ハツラツになったりと不安定。それから何年もかけて少しずつ不安定になるまでの感覚は広くなり、今では数か月に1度、ドーンと気分の激しい落ち込みが襲ってくる。かなり回数が減って、まあまあ元気に前向きな自分になれてきた。

今に至るまでに10年はかかった(^-^;)

完全に自分をコントロール出来るようになるまでに、あと何年かかるだろう。それほど、自分を変えるのは難しいと知った。

 

不安定になるきっかけは、とても些細なこと。普通の状態の時には全く気にも止めないようなことなのに、急にスイッチが切り替わる。

ただ無気力になり、笑うことも泣くこともできず無表情になる時もあれば、ソワソワしたり急にワッと怒ったりする。

こ、更年期障害?もう?と不安になったが、病院で相談したときに、年齢的にもまだ自律神経のバランスが崩れやすいだけと言われた。

先週は、冬休み期間のハードな仕事の疲れもあり、冬休み後の5連休をとても楽しみにしていた。

ゆっくり休みたい、そしてやりたいことがたくさんあった。でも直前に主人がインフルエンザになり、息子の送り迎えなどで慣れない運転をしたり、緊張してばかりの休みになってしまい、次第に心が疲れていった。

朝、学校まで送り、夕方迎えに行くまでの間、運転のことで頭がいっぱいで、日中何も手につかず、何だか無駄な時間を過ごしたという思いもあって、自分にガッカリしてしまっていた。

主人の体調も良くなり、5連休の最後の日は息子の送り迎えも出来るというので、ようやく1日ゆっくり休めるかなと思っていたら、今度はその日の朝に息子が学校に行きたくないと言い出した。

いつもは息子の気持ちも汲んで受け止めてあげられるのに、その日は全く余裕がなかった。

休むことを選択した息子を心のどこかで情けないと思ってしまった(-ω-;)その気持ちに気づいて自分で自分が嫌になった。

なのに心が限界になると情けないことに、人のせいにし始めるのだから、本当に嫌になる(-ω-;)

私の心の中にモヤモヤと被害妄想がわいてきて、楽しみにしていた5連休をつぶされたような気持ちになった。

したかったことが1つもできなかったのは、誰のせいでもなく自分なのだけど、その時は頭の中がストレスでパンパンになってたと思う。だから、主人と息子に当たってしまった。

この連休を楽しみにしてたのに!

病気で苦しかった主人と、心の葛藤に苦しんだ息子。2人のせいにするのは間違ってるとわかってるのについ言ってしまった……(>_<)

ワーッと心が崩れて、2階へ走って行きベランダで泣いた。連休が楽しめなかったからじゃなくて、2人のせいにした自分が嫌で泣いた。

すぐに息子が追って来て、パニックになってる私の腕をつかむ。

2人のせいにしたことを謝った。誰のせいにもしたくなかったと言うと、息子は笑顔で、「いいよ、俺のせいにしろって!」と言って背中をさすってくれた。

もちろん息子のせいになんてしたくないし、息子は全く悪くない。でも、その言葉1つでさっきまでのどうして良いかわからないパニック状態がスッと消えて、いつもの自分に戻った( ^-^)/(T-T )

主人にも謝った。あの鬱病の私を見てきた主人は落ち着いた様子で「大丈夫だから」と。

 

落ち着いてみれば、そんなに悪い5連休でもなかったと思える。楽しく過ごせた時間もたくさんあった。

起きた出来事は変わらないのに、その時の気分や見る角度によって、全く違う世界になる。

最悪だと思っていたのが嘘のように楽しかったと思えるのは、本当に不思議なこと。

嫌なことがあっても見方を変えれば幸せな気分になる。

息子が言った「俺のせいにしろ」という言葉に救われたのも同じ原理だと思う。私の中で、絶対に息子のせいにしてはダメと思っているのに、「息子のせいにして良い」と許可された状態になり、してはダメという私の中の常識を見事に破ってくれたからこそ、見方が変わり楽になれたのだと思う。

私がもっと不安定だった頃からずっとそばで見てきた息子は、とても苦しかっただろうと思う。安心できる環境で育ててあげられなかったことを後悔している。

そんな私をいつも許してくれる。こんな私なのにいつも感謝してくれる。

もう息子には頭が上がらないなぁ。+゚(*ノ∀`)

 

よそから見たら親孝行な立派な息子だと見えるかもしれないけど、私からしたらそれは可哀想な子。親の心配などせずに遠慮せず子供らしく過ごしてる子を見ると、素敵な両親なんだろうなと思う。(マナーが悪いのは違うよ!それは良くない💦)

今、息子が反抗的な時が一番、実は嬉しいのかもしれない(^-^)

親のことよりも自分の気持ちを優先し全面に出してくれることが嬉しいな。少しは安心してるんだなと感じられるから。

 

世に出すのも恥ずかしい荒れた時の話、こうして書き残すのはバカみたいなことかもしれないけど、このブログは大きなひとりごと。書きながら思い返し、新たに気づくことも多いし、良い反省になる。

ただのひとりごと。

恥ずかしい自分を敢えて隠さず出すことで、隠す必要もなくなり、堂々とできるもの。

それが自信のない私が見つけた生き方なのかもしれない。