SAKURAnoTUBOMIの日記

鬱病を経て、息子との不登校生活も経て、日々感じ、学び、感謝。 

マツモトセンノウ

今日は風が強い日だった。

朝は肌寒いぐらい冷えていた。曇っていて薄暗かったが、庭にポッと赤いのが見えた。マツモトセンノウだ。
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多年草山野草で、我が家の森のような鬱蒼とした庭でも元気に咲いてくれてる。写真よりも実際はもう少し赤く鮮やか。

今我が家では、夏の花たちが蕾を開こうとしている段階で、華やかな花が少ない。庭の外側ではアジサイが賑わせてくれてるが、庭の真ん中の方は緑の葉が生い茂っていて地味になってる。マツモトセンノウはその中にポッと赤く燃えるように咲いている。梅雨の長雨で寒々しい雰囲気の庭に、暖かな色を添えてる。

派手すぎず、優しく咲く、大人の雰囲気の花。

 

日向では背の高いエキナセア達が蕾を開き始めている。大きなヤマユリ達も蕾を膨らませている。もうすぐ華やかな夏が来るんだなと感じる。

それまでは、マツモトセンノウが主役かな。高原のカラッとした暑さが来る前に、静かに佇むマツモトセンノウを見ていよう。心落ち着く今を大切に。

救われた歌

今週のお題「わたしの好きな歌」

 

揺れるものや音楽に対してパニック障害を持つ私でも、気分が安定してる時は歌が大好き😊

歌は素敵。歌声が胸の奥にど~んと飛び込んで心を震わせてくれる。そんな歌を歌える人を心から尊敬する。

好きな歌ということだけど、その時の自分の状態によって好みが変わるから、たくさんあるのだけど…。

2人目を流産してしまった時、失った悲しみと処置が痛く恐かったショックで、絶対安静の数日間は完全に放心状態で、ひたすら涙を流してた。そんな中、テレビのCMから流れたAIさんの「ハピネス」を聞いて、曲全体が気になり調べて何度も聞いた。この1曲を繰り返し繰り返し聞いて、何度も泣いてる内に、少しずつ気持ちが落ち着いていった。当時幼かった息子も、何がママを苦しめているかも理解できずにただ不安だっただろう。

「君が笑えば~……」そうだ、笑ったらきっといいことある!元気な母ちゃんでいなくちゃ!そんな勇気がジワリと湧いた1曲(´▽`)

 

あと、もうひとつ。

Greek Fireの「Top of the world」。これはベイマックスの日本版の宣伝の時に流れたらしいのだけど、挿入歌とは違うみたい(?)ごめんなさい、詳しいことはわからない(^-^;)

この曲は格好いいなっていう印象で興味を持って、今でもとても好きな歌。勇気を出して突っ走りたい時に聞くと、「よし!」って思える。今真っ暗などん底にいても、這い上がってみせる!といった感じで、ジワジワッと勇気を出せる(っ´ω`c)🎵強気になりたいときの1曲。

 

誰かに力を与えられるって素敵だな。様々なジャンルがあるだろうけど、素人さんでも歌を歌ってる人ってキラキラしてて素敵で格好いい。上手い人だとガチッと心を持って行かれちゃうね。

歌上手くなりたいなぁ( ´艸`)

 

人前で堂々と歌えたら格好いいけど…私にはやっぱりひっそりと絵を描く方が向いてるかな٩(๑´3`๑)۶

 

どうなの?

ニュースで警察官を挑発するという動画が流行ってしまっているというのを見た。

SNSの世の中ならではのニュース。テレビで取り上げれば、余計にやる人が増えてしまう気がするけど、どうなんでしょう。

 

しかしまあ、警察官の方々のお陰で、平和に過ごせているというのに…。いざ自分が事故や事件に巻き込まれて困った時には、命がけで助けて下さる存在。知らず知らずの内に、身近な犯罪を未然に防いで下さってるかもしれないのに、感謝の心がないんだな…。

どうやったら、そんな風に軽視できるのか理解できない。警察官に限らず、世の中にたくさんの方々が働いていて、どんな仕事であっても、ある人が作ったものだったり、ある人がしていることが、回り回って自分の所まで届いているものではないのか。レストランに立ち寄れば、案内してくれる店員さんがいて、料理をしてくれる人がいて、いや、それ以前に、店内を清掃している人がいて…いやいやそれ以前にだって、そういう店をやりたいと起業した人から始まり、建物を建てたりする人もいたり、メニューを企画したり、料理の材料になるものを作ってる農家さんや漁師さん、機材を作ってる工場で働く方々……もうキリがない。今自分の目の前に出された水一杯が、ここに届くまでにどれだけの人が関わっているのやら。

そう思ったら、そう簡単に目の前の料理に文句をつけたり、目の前の人を馬鹿にしたりできない。その方が、知らず知らずの内に自分の為に何かをして下さってるのかもしれない。

そんなニュースを見てると、想像力のなさに残念に思う。普段から感謝の心があるなら、そんなことできないから。

ま、ニュースなども、一部を切り取るので全てではないけど。その動画の人が後で誠意を持って土下座して謝ったかもしれないし、それはわからない。そういうことも想像した上でニュースを見ないと、一方的な意見にとらわれちゃう。でももしそうではないのなら、ただただ残念に思う。やってる人は楽しいのかな?見てしまったこちらの方が恥ずかしくなる。

 

いろいろな人がいるけど、私はやっぱり感謝の心を大切にしよう。あんな恥ずかしい人になりたくない。

息子へ

以前も書いたけど、息子は不登校から復帰したばかりの中1。

まだまだ不安になりやすく、どうしてもダメなときは休むこともある。その不安が、避けることで余計に増してしまうものならば、できる限り話し合って、なるべく参加できるようにする。無理にとは言わないけど、もし参加したならきっと自信になるから、どうかな?と勧める。それでもダメな時は、本当にダメなんだろうなと思い、休むことも常に考慮して、そうなっても決して責めてはならない。出来ないことを責めるというのは、もともと自信が持てない息子にトドメを刺すようなもので、ますます出来なくなってしまう。

今、息子に必要なのは、何かを成し遂げて達成感を得ることだと思う。それは小さなことでも構わない。ドリル1ページだっていい。お手伝い1つでもいい。成功しても、失敗だったとしても、どちらでもいい。「やったぞ」という気持ちになれたなら、それが達成感になる。チャレンジしたことを褒める。1番大切なのは、本人が自身を「良くやった」と褒めることだけど、そこまではまだ出来ないみたい。周りが否定しなければ、きっと自分の頑張りにいつかは気付くだろう。

 

学校までは自転車で30分かかる。しかも行きは山に向かってずっと上り坂。主人が出勤がてら送ってあげられる時もあるが、最近は出勤が早く、送ってあげられず、息子は重いカバンと大きなリュックを背負って自転車で通うのも、相当、精神を削るようだ。入学後の疲れも一気に来ているのか、気持ちが滅入りやすく、休むことが多かった。

 

そんな中で、学校で行われるイベントの司会をやることになった息子。それは災難と思いきや、息子は立候補したと言う。誰もやりたがらなくて、もめてるのが辛かったのか、立候補したそうだ。台詞を覚えて皆の前で言わなくてはならない、最も嫌がっていたものを引き受けてくるなんて!驚いた。その勇気、素晴らしい。

だが、やはり、不安は増した。今日は、そのイベントの日。朝はかなり不安定になった。イラついたり震えたり泣いたり。辛そうな姿を見てて、可哀想で仕方なかったが、心を鬼にして、責任を成し遂げてくるよう説得した。休んだら誰かが代わりをやらされる。きっと息子の性格上、後から責任を感じて辛くなると思ったから、可哀想だけど、甘やかせないと思った。

登校時間はかなり過ぎていた。時間なんてどうでもいい。時間で急かすとちゃんとした判断が出来ないから、自分で決断を下すまで待つ。

息子がようやく着替え始め、不安そうだけど行く意思を見せたから、抱きしめた。よく頑張った、自分の弱い気持ちと闘うのって大変だよね。苦しいよね。

学校まで歩くと、片道1時間。私は車を持っていないから、送ってあげられない。でも、一緒に歩いてあげられる。バスもあるけど、バスは嫌らしいから、2人で歩くことにした。先生にも遅刻しますと伝え、のんびりお散歩…いや、ハイキング、いや、登山…(笑)をした。

最近毎日のように熊が出没というお知らせメールが来る。学校周辺も目撃されてるから、今日の霧雨の雰囲気が少し恐いけど、ま、何とかなるでしょ…ということで無事に送り届けた。先生もよく理解して頂いてるので、温かく迎えて下さり感謝。

 

帰りも歩き。熊が出ないように鼻歌交じりに歩く。(注:人はあまり歩いてないから恥ずかしくない😊)

息子は司会頑張ったかな?

上手くなくてもいい。やったことに意味があるから、きっといい経験になる。今日帰ったら、いっぱい褒めちゃおう🎵

 

お年頃の息子、少しずつ私に冷たい態度を見せてきた。不登校で3年間密接に向き合ってきた私からすれば、それは大きな成長で、立派に自立しようとしているサイン。「わかってるよ!」とか「うるせぇな」なんて言った時には、逆にちょっと嬉しい。自分でちゃんと考えてるんだなぁと。それに対して可愛く甘えて来るときは不安な時。可愛いけど、心配になる。

もちろん機嫌良く何でも話せる時が楽しいけど、そばにいるのを嫌がるのも、成長の証。

つまり、反抗期だろうと何だろうと、自分の子はやっぱり可愛い。素直に感情を出してくれることに感謝。

 

息子よ、我慢せず、母ちゃんにぶつけていいよ。根っからの優しいあなたを知ってるから、何も恐くない。怒鳴っても叩いてきても、あなたを嫌いになることはないから心配しないで。全部受け止めてあげる。何てったって母ちゃんだからね。

でも、時には厳しくも言うよ。あなたがあなた自身を苦しめてしまうときには、厳しく言うかもしれない。母ちゃんにとって1番大切なのはあなただからね。

 

将来、息子が自分の力で生きていけること。それが親としての目標。だから、今、学校に行く行かないとかそういうことが重要ではなく、もっと先のこと。何か挫折したときとかに、自分で立ち上がれるかどうか、苦しみに耐えられるかどうか。例えば学校休んだら、次の日に行く勇気が出づらくなる。その時何ができるかというのが重要。今、それを鍛えていきたいところ。

1つ1つの小さな達成感を大切に、前を向いて歩いて行こうと思う、今日この頃。(私自身もね)

親と子

親と子というものは、どこか似てしまうもの。対して、夫婦というのは似た者同士か、真逆か…というのが多いように感じる。

 

私の場合、主人とはどちらかというと真逆な性格。自分にないものを持っていることが魅力なのかもしれない。

例えば、主人は甘いものが好き。背も高い。何でもキッチリできる。精神的に強い。口数が少ない。アクティブ。私はその逆(^-^;)

 

産まれてきた息子はというと、ちょうど半分ずつ受け継いだ。

 

妊娠中、不思議なことに、甘いものが苦手だった私が主人とケーキバイキングに行っちゃうほど甘いものが欲しくなった。料理する前の野菜を見ると気持ち悪くなるという不思議な感覚になった。

すると、産まれてきた息子は、甘いものが大好きで野菜が大嫌いな子だった。産んだ後は私の味覚も戻り、甘いケーキを食べると喉が気持ち悪くなった。完全にお腹の中の息子に味覚を操られていた私٩(๑´3`๑)۶

 

そして成長と共に息子はクラスの中でも背が高い方になり、物静かで、体格や雰囲気は父親似になってきた。でも繊細で傷つきやすいガラスのような心は私にそっくり( ´艸`)

外は父親、内は母親。

だから、子育ても父親の出番と母親の出番がなんとなくあって、サッカーの話や部活のことは主人、精神的な悩みや相談は私、といった感じ。

主人と私は考え方も違うことばかりだけど、両方の意見を聞いて息子は自分で考える。どちらかの意見に流されることなく、両方の良い所をとってちょうど良い判断をする。だから、私達夫婦も納得できる。なんとも平和な解決をしてくれるのが、いつも息子だ(^-^)

 

息子の方がしっかりしてるから、私も母親らしくしっかりしなくちゃと、いつも反省してる(^-^;)どんな人に対しても悪く言わない、言ったことがない息子を見習って、人を憎むことなく生きていきたいと思う。

 

よく、前世のつながりとかいうけど、(信じる信じないはともかく、私はそういう話はロマンがあって好き。)現世の親子や夫婦の関係は、前世では逆の立場だったり、友人やライバルだったりして、前世の償いをするために結ばれた縁なのだと聞いたことがあった。

息子はきっと私の親だったと思う。いざという時、しっかりとした包容力で私を守ってくれるから、そんな気がする。幼いときに、「ママを守るために生まれてきた」って言ってたことがあって、可愛いねって笑ってたけど、今でも本当に守ってくれてる。だから、きっと…。

 

本当かはわからないけど、そんな話を聞いて思うことは…

子は親に似るけれど、子は親にないものもたくさん持っている。親は自分にないものを子供から学ばなくちゃいけない。

親は先に産まれただけ。偉そうに人生を語るより、1人の人間として子供を尊重すべき。

ということ(^-^)

 

子は親の所有物じゃない。子は1人の立派な人間だから、自由に羽ばたいて良いと思う。自分に似たから可愛いかもしれないし、生意気に見えるかもしれない。それでも自分と同じではなく別人格だということを忘れちゃいけない。コントロールしようとする親もいるけど、摩擦が起きてお互いに辛くなる。子供には子供なりの考えがあるから、自由にやらせてみればいいのにね。

 

子供の立場の人に対しては、親の意見に振り回されすぎないようにと願う。親も正しいとは限らない。(私も失敗だらけ(^-^;))

もっと広い視野でたくさんの人を見て。素敵な大人がたくさんいるから、そういう人を参考に生きてもいいんじゃないかなと言いたい。

 

親に似てきたな…と感じた時に、ふと考えてみた。今日はそんなお話。

何だか話がまとまってない(^-^;)ま、いっか。

癒やしのアジサイ

今朝は外が濃霧で幻想的だった。お隣でさえもぼんやりしてしまうほどの濃霧。

先日もアジサイの花数が多いと書いたけど、雨の中、色もきれいだったので写真を撮った。
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咲き始めはもっとピンクだったけど、少しずつ青みがかって、何とも言えない色に。この形が気に入って2年ほど前に植えた。なかなか可愛い(*´ω`*)昨年は2つくらいしか咲かなかったけど、今年はたくさん咲いて、なお可愛い💕

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こちらは家を建てた時から生えていたアジサイ。たぶん近所の切った枝などが根付いたのだと思う。毎年、剪定したり手入れをしていたら、今年はたくさん咲いて賑やかになった。色は優しくて私好み(*´∀`*)

 

今はアジサイも種類が豊富で、可愛らしいのが多いから、もう一種類くらい庭に欲しい。

 

梅雨は気持ちが沈むことも多いけど、そんな時はアジサイを見るといいかもしれない。雨に濡れた時、普通、大抵の花は傷んでしまうけど、アジサイは最も美しくなる。だからアジサイ祭りなどに行くときは、雨上がりで陽が射すと最高(´▽`)🎵

 

庭がどんどん雑草でモサモサしていく。私の心も今はそんな感じ…。こんなさっぱりしていない時に、このアジサイをじっくり見て少し元気になれた。

苦手意識が強くてなかなか前に進めないのだけど、こんな風に精一杯の力で迷わず咲かせる植物たちを見ていると、頑張らなくちゃって勇気をもらう。時間はかかるけど、少しずつ前に進もう。

ようやく前を向いて

今週のお題「2019年上半期」ね…。

今年は私にとっても家族にとっても大きな節目のように感じる。

十数年前に結婚し、間もなくして私が鬱病になり、その真っ只中に息子が産まれ、数年間でようやく鬱病が治り、息子が小学校半ばから不登校生活を数年間。

昨年1年間息子と一緒に学校に通い、卒業する頃には1人でも不安がらずに通えるようになり、無事に笑顔で卒業。

自身の鬱病や息子と向き合い続けた不登校生活が、私にたくさんのことを教えてくれた。今年の中学入学と共に、また少し不安定にはなったものの、少しずつ前進する息子に私自身も勇気をもらい、久しぶりに自分とも向き合い、十数年間のブランクを乗り越えて夢に向かって動き出そうとしている。主人にもたくさん苦労をかけてきた。精神的に弱い妻と息子にヤキモキしながらも働き続け、それでも「幸せ」だと言ってくれた主人に心から感謝。

不安の中ドタバタと駆け抜けてきたけど、今年は家族みんなにとって、新たな方向へ進む大きな節目となった。悩み悩んで苦しかった時期も無駄ではなく、家族の絆を深め、お互いを思いやり感謝できるようにしてくれた大切な時間だった。

これからは何が待っているのだろう。また新たな試練か、それともウキウキ楽しいことなのか。何かが始まろうとしてる、そんなストーリーの序章のような上半期だった。